Re:いじめか否かの境界

むー、前回書いたときは考えが浅かった、というよりよくまとまってなかったな。

ひとつの考え方として興味深いが、たとえば、個々は悪意や害意なくやってるからかい行為などが積もり積もってされる側には精神的苦痛を与えている場合などはどうなるのかなと考えたり。

その場合はいじめとはべつの対処をすべきなんじゃないか、と思ったんですよ。で、気が付いたんですが、「線引きをきちんとすべき」と感じたのは、何も「いじめられる側にも原因が派」に妙ないちゃもんつけられないようにするためではなく、そもそも相手の害意のあるなしによって対処方法が違うからなんだと。
「悪意や害意がない」と言われる状態について、私は「相手が本当に嫌がっていることがわかれば基本的には止めることができる状態」を想定しています。この場合、からかっている側は相手を「傷つけてはいけない対象=同じコミュニティの構成員」として認識しており、両者の関係性は保たれたままです。この場合、問題はする側の相手の苦痛に対する鈍感さであったり、逆にされる側の過剰な繊細さであったりするので、その調整をしてやれば、基本的には問題はおさまっていくと思われます。
一方、「害意のある攻撃」の場合は、加害側は相手を「傷つけてもよい対象」として認識してしまっていて、加害者と被害者との同じコミュニティメンバーとしての関係性はすでに断絶した状態です。そこを修復するにしろ、あるいは修復をあきらめて他の関係を築くにせよ、「断絶している状態」であることを認識することから対処を始めないと、どんな対処も根治療法とはなりえない、だから「線引きをきちんと」、つまり「断絶しているのかどうかを見極める」必要があるんだと、id:kmizusawaさんの記事を読んであらためて気が付きました。

[いじめ問題」「いじめかからかいか」と「荒らしか炎上か」

で、そんなことを考えていたときに、まったく違う方面から飛び込んできたこの記事。

炎上と荒らしは違うでしょう。

そうだ!まさしくこれだよ!
「炎上と荒らしは違う、だからその対処法も異なる」というのは、ネットをある程度やってる人なら、実感としてわかることでしょう。だから、炎上と荒らしを混同したデジモノのひとの記事にも批判がよせられたわけですし。
「いじめと害意のないからかい」も同じように、対処がことなるんじゃないか、ということです。そういえば、害意のあるなし、というのも「荒らしと炎上」の区別に似てるな。